その災厄に、名前は無かった

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 数秒が経った頃、アンドロイドの目が開きました。そして、すぐに言いました。 「やだ、なんだか臭いわ。あ、やっぱりあなたね。汚いし臭いから、すぐ分かるのよね。ちょっと、もう放してよ」  彼女のあからさまな嫌悪の視線が、男を刺し貫きました。 「いつ見ても不細工ね。冴えないしお話だってちっとも面白くないし。おうちのソファがぎぃぎぃうるさいのも、あなたが太り過ぎなせいなのよね。もっと痩せたら? あと、髪の毛だって、そろそろなんとかしなさいよ。後ろ、すっかり禿げてんじゃない。今時、ハゲっぱなしでいる人なんていないわよ」  男は、言われるがままでした。 「あら? うわぁ、あなた、凄くいい男ね。ね、彼女いるの? 結婚してる?」  呆然とする男を尻目に、アンドロイド”だった”彼女が、美しい警官に腕を絡めていました。 「ふ……ははは……。どうだ、これで、彼女は、人間だ。……”かつて”愛した、最愛の……、彼女、だ……。はは、ははははははははははははははははは」  男は、雪の積もる鋼鉄の床に跪き、星一つ瞬いていない天を仰いで笑いました。   鉄塔から見下ろせる街並みは、人々の灯す色とりどりのイルミネーションが、無秩序に輝いていました。
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