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「いっただきまーす」
早紀はあさりの味噌汁を一口すすった。あさりから出た旨みが口の中に広がり、味噌の豊潤な香りが鼻に抜けた。味噌汁を少し口に残したまま、玉子どんぶりを頬張る。玉子の甘み、鰹節の香ばしさが加わり、ハフハフと噛みしめる早紀の頬が緩んだ。
ふと気づくと、店長が心配そうに早紀を見つめていた。料理の出来が気になるみたいだ。
「なによ、心配なら自分で食べてみたら」
店長は自分の前にあったもう一杯のどんぶりを手に取った。箸を取り、立ったまま食べようとする。
「ちゃんと座って食べなさいよ、ほら」
早紀は自分の横のカウンター席を手で示した。店長は体をかがめてカウンターをくぐり、早紀から一つ離れた椅子に座る。暫く玉子どんぶりをにらんだ後、おもむろに食べ始めた。
「ほら、ハフハフ とっても ハフハフ 美味しいわよ」
「そうかな、ハフハフ でも、ハフハフ 本当はもっと、ハフハフ 旨みが濃いいんだ」
「あたしは、ハフハフ この味が、ハフハフ 好きよ」
やがて店長は箸を止めた。どんぶりはまだ半分以上残っている。早紀は、食べ続けながら、いぶかしげな視線を向ける。店長はどんぶりを置き、早紀の方に身を乗り出した。
「お願いだ、頼みがある」
真剣な表情にどきんとした。
「この味では納得がいかない。頼む、もう一度食べに来てくれ。もちろんその時もお代はいらない」
「……はい」
口の中のものを飲み込んでから返事した。
「必ず来ます。ちゃんと卵を準備しておいてくださいね」
「まかせとけ」
話がついたところで、早紀は残りの玉子どんぶりに取り組んだ。野沢菜のお漬物もぴりりとして美味しい。食べながら改めて、前に食べに来た時の味と比べてみる。玉子の旨味は前の時の方が濃かったと思う。でもなぜだろう、今日の方が美味しく感じる。しばらく考え、横の席で食べている店長を見た時、答えを見つけた。
「ねえ、ハフハフ あたしは、ハフハフ 今日の方が美味しく、ハフハフ 感じるの」
「えっ、ハフハフ そんなはずは、ハフハフ ないんだけどな」
早紀は、答えを口にするのはやめにした。今日話してもわかってもらえないだろう。話すのは、店長も答えを実感できるようになってからにしよう。
だって答えは、『好きな人と一緒に食べるごはんが一番美味しい』ということなのだから。
終わり
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