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一分後、早紀はカウンター席に座っていた。
「じゃ、玉子どんぶりひとつ」
店長はカウンターの向こうで何やかやをひっくり返していたが、やがて手を止め、ため息をついた。
「やっぱり二個しか無いか」
その手には二個の卵が握られている。
「足りないの?」
「ああ、調理は二人前を一緒に作る。三個要るんだ」
「へえ」
早紀は調理場をのぞき込み、棚の奥に卵のパックが有るのを見つけた。
「そこにまだ有るじゃない」
「これは普通の卵、まかないや練習用の分だ。お客さんには出せない」
「ふうん」
早紀は考えた。どうしても玉子どんぶりが食べたい。そのためには……、
「じゃあ、その二個と普通の卵一個で作ればいいじゃない」
「それだとうちの味が……」
「あたしがいいと言ってるの。そして、どうしても食べたいの」
店長は憮然としていたが、結局、抵抗をあきらめた。
「わかりました。だけど、そんなものでお代はいただけない。無料でお出しすることでよければ……」
「もちろん」
早紀に異存は無かった。店長は食器の片づけをしていた店員に声をかける。
「沖田君、今日の仕事は仕舞いでいいぞ。まかないを食べてくか?」
店員は早紀の方をちらりと見て、かぶりを振った。
「今日は用事があるんで、もう帰ります。まかないはいいです」
「そうか、ご苦労さん」
店長は調理に取りかかった。鰹節と削り器を取り出し、シャッシャッシャッとリズミカルな音で削り始める。
「二人前で作るのも味の秘訣なの?」
「その作り方で教わったので」
削り器から取り出された鰹節は後ろが透けて見えるほど薄く幅広だった。店長は大きな手でもんで、細かな破片にする。小鉢に入れてお醤油を回しかけた。
「俺が小学生の時だった。夏休みにじいちゃんちに帰省していて、昼寝から目を覚ますと、家にいたのはじいちゃんだけだった。皆で買物に行ってしまってたんだ。膨れっ面の俺にじいちゃんが作ってくれたのが玉子どんぶりだった」
店長は二個の卵をボウルに割りいれた。口をへの字に曲げて、棚の奥から卵を一個取って、これもボウルに割りいれる。泡だて器でシャカシャカとかき混ぜ始める。
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