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黙ったまま
二人、煙草を吸っていた
私の吐き出した煙と
火村サンの吐き出した煙が
絡まったり避けあったりしながら
結局どちらのものかわからなくなって
そのまま私達の周りに溜まっていく
それを見つめながら私は
この狭い喫煙室が
仄白い煙たちでいっぱいになったら
何かとてつもない過ちを犯してしまいそうな
今まで信じていた日常から切り離されるような
そんな奇妙な焦燥感を抱いていた
「…慰めてって言ったら、どうする?」
指先と火との距離が
だいぶ近くなった煙草を見つめて
火村サンが言う
彼はもう随分と前から
それに口を付けておらず
重さに耐え切れなくなった灰が時々
はらはらと床に落ちているのを
私は知っていた
極限まで張り詰めたような緊張感と
私と彼を繋ぐ白い蜃気楼に
ひと時、夢のような影を見る
其処で私は
彼に愛しいもののように
触れられ抱きしめられ穿たれ
私もまた彼に愛情を込めた口付けをしていた
だがそれは幻でしか、ない
「何言ってんの。
バカなこと言ってないで、仲直り。
どうせ好きなのは変わらないなら
もう二度としないって約束させれば?」
振り払うように笑えば
先程までの空気は消え去り
私の願望でしかなかったと証明するように
いつも通りの煙臭い喫煙室の中
目の前には火村サンがいる
「そうだな」
一瞬呆気にとられたあと
困ったように彼は笑い
それから煙草を灰皿に押し付けた
「…話してくる」
「うん、いってらっしゃい」
最後に
やっぱお前はいいわ、と
おまけのように私の髪を掻き混ぜて
火村サンは出て行った
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