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人の噂とは怖いもので
私と丸山さんの誓いも虚しく
翌朝にはあちらこちらで
ひそひそと囁き声が聞こえたし
昼頃には言い争う二人を見た
という噂まで広まっていた
実際どこまでが
本当なのかは知らない
ただ気まずそうに
おどおどと遠巻きに火村サンを見る香澄は
ひどく脆弱な生き物のようで
男ならばきっと
彼女の犯した罪を赦してしまうように思えた
その夜に相も変らず行われた飲み会で
未だかつて見たことのないほど
酒を煽り酔いに飲まれようとする火村サンは
何故か私の隣から動こうとしなかった
「…どうせ許すんだから、もう仲直りすれば」
決して悪酔いしたり絡んだり
という訳ではないが
女を寝とられたと一躍時の人である彼が
隣で黙々と負のオーラを撒き散らしながら
酒を煽っているせいで
私まで遠巻きに見られてしまっている
先程目が合った湊は
口パクでがんばれと嫌味なほどの笑顔で
伝えてきたきり何処かに行ってしまったし
傷心だから慰めてやれよ
お前が一番近くにいるんだからさ
と妙な懐の深さを見せた風間くんは
遥か遠くで同期の男子と映画論を
熱く語り合っているから
誰も彼も薄情だった
それならいっそ放っておいて
空気のように扱ってほしいのに
私や彼が口を開こうものなら
空気がぎこちなく強張って
無数の耳がこちらに向くように感じるのだ
呼吸すらままならない居心地の悪さに
火村サンの腕を取って無理矢理立たせる
「…ンだよ、」
不満そうに立ち上がった
火村サンの手に握られた缶ビールを
無理矢理奪って背中を押す
「アナタがいると空気が悪くなるんです。
仲直りしないならさっさと寝てください。」
ぐいーと押しながら
さりげなく周りを見れば
呆気に取られている人が半数
大爆笑している湊
それからにやにやしているタケさんが見えた
「あと、直接見たわけでもなければ
本人に聞く気もないなら
こそこそするのやめて。感じ悪い。」
「そのまま襲っちゃえば?翠チャン」
扉をくぐり抜けようとしたとき
タケさんから下品な野次が飛んできて
視界の隅で風間くんが動くのが見えたけれど
それよりも早く火村サンの
飲みかけのビールを持っていた手が動いていた
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