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「シン君、帰るわね。私はいつも通り実家に泊まるから。ホントにかまわないのよ…ウチで一緒に夕飯食べない?」
「ああ…すみません。リサイタルの前は一人が…」
「はいはい。でも夕食はちゃんと食べなくちゃダメよ。ピアニストはスタミナ勝負なんだから。ルームサービス頼んでおくからね。」
相変わらずツアーに付き添ってはあれこれ世話を焼いてくれる篤子に、シンは笑いながら言う。
「いつも同じ。」
「なに?」
「篤子さんの小言。」
篤子は呆れ顔で言い返す。
「あのねー。これはホントは私の仕事じゃないのよ。早くプライベートをマネジメントしてくれるヒトを見つけなさい。まさか独身主義?」
いつもの調子でサラサラとよくしゃべる。
「三十三でしょ、あなた。いいかげん恋人の一人もいないとヘンなウワサがたつわよ。どうしたことかマニアの通説じゃピアニストはみんな男色の気があるってことになってるようだしねー。…シン君もそうなの?」
「篤子さん…!」
「あららー、動揺してるー。」
「う~…」
シンは返す言葉を見つけられない。
篤子は楽しそうにケラケラ笑っている。
「僕だって恋人が一人もいなかったってワケじゃない…。」
「はいはい。みんなそれぞれいいコだったのにね…。長く続いたためしがないんだから。来るものは拒まず去るものは追わず。優しいんだか冷たいんだか…。そういえばこの2年は誰も近付いてきてくれなかったの?」
「はあ…」
「モテモテのシン君には珍しいわねー。それとも日本の女性は好みじゃない?」
「一昨年はヨーロッパツアーだったし、去年はこっちにきてずっと録音やツアーだったじゃないですか。」
いくぶん憮然とした面持ちでシンは答える。
篤子は意味ありげに笑った。
「ふーん。あたしのせい?仕事がたくさんあるのはいいことなのにねー。」
「あ、すみません。」
「それとも、シン君もやっと一人のヒト以外は要らないって思えるようになったかな?」
「え?」
「あなた、待ってるんでしょ、誰かを。違う?」
「…。」
「ありゃ、これまた分かりやすいリアクションだし…。」
「someday…」
シンはつぶやいた。
「ずっと待つつもりなの?」
篤子の問いにシンはあらたまった口調になった。
「篤子さん…。」
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