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 列の中にいる千晴殿の匂いが私に分からぬはずがないと本能のまま馬を歩かせればベータ達は自然と左右に道を開く。目にした千晴殿の悲し気な泪に敗北は明らかだった。それでもたった今追いかけると心に決めた手前退くに引けず酷い言葉を投げる己が情けなく、毅然と身を退く者に向ける顔がなかった。こんなにも惨めな思いは初めてだ。 「……そんなにあいつが好きか」  疑問というよりは諦めに似た言葉を口にした。あのベータが千晴殿を愛しているなど一目瞭然。それでも千晴殿の性故に引いたことも。そして千晴殿の心の場所も。  もしも契約をしなければ薬で抑えながらベータと生きる道もあったはず。せめて保身のためにと言い訳を並べるとはなんとも情けない。千晴殿の微苦笑に何が込められているのか窺い知ることも出来ず黙り俯く情けない私に千晴殿の言葉は理解に苦しんだ。貴方を選んだ理由を探し妻にして欲しいと。貴方が望むなら喜んで妻にする。千晴殿が好きな理由とは、有りすぎて何から言えば良いのかも分からなかった。恋した始まりは 「一目惚れではいけませんか」  穏やかな笑みに正解を口にしたと思った。情けなくともあの者に敵わずとも私なりに愛し続けると誓います。  ベータにも優しさをと、何とも千晴殿らしい優しい心遣いかと感激しながら王を誘導し戦を減らした。王と私は血縁の為、会えば兄の様に仲良くしていた甲斐があり懐かれている。ゼロではないが減った戦の分穏やかに生活ができる時間が増えた。 「八尋様、国境付近の空に金色に輝く雨が降るそうです。見てみたくはありませんか?」  ニュースを見ながら遠慮がちに見上げられれば願い全てを聞き入れたくなる。先日獣人の使者との接見に同席させれば興奮しながら感謝された。  分け隔てなく優しく心も身体も美しい貴方を愛してる。理由はありきたりなものだけど人として大切なもの。貴方を知り、愛を知り、敗北を知り、優しさを知った。これから産まれる小さな命に私の知った全てを注ぎたい。 「お身体は大丈夫ですか?」  にこりと微笑み頷く貴方にまた心を奪われる。 「名前ですが千尋はどうでしょう」 「俺も同じ名を考えておりました。素敵な名だと」  ずっと聞きたかった怖くて聞けなかった三年とはまだ人を忘れるには短いのかもしれない。 「千晴殿、今幸せですか?」 「もちろんですよ。八尋様を愛していますから」 終 閲覧頂きありがとうございました
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