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涙する八尋様のお顔は少し窶れていて、何故かとても懐かしく感じ抱き締められたくなった。唇は動かしづらくぎこちない笑顔を作れば覆い被さるように温もりが与えられ心から安堵した。
「やひろさま?」
辿々しく出た声は驚くほど弱く俺を見つめる瞳からはぽろぽろと涙が落ちた。
「ベータからオメガへ男から母へ身体に無理矢理の変化ばかりを強いられ負担がないはずがないのに、私は自分の欲求のみに孕ませ、最も大切な貴方を失ってしまうところだった。何故、赤子を欲しがってしまっ「八尋様、言葉が過ぎます。俺も欲しがったのですよ。千尋は無事でしょうか?」
ゆっくりと言葉を遮った。
「すみません。千尋はとても元気です。千晴殿によく似て愛らしい」
腕を上げ頭を撫で不安そうなお顔を変えたいと思っても身体が上手く動かず、ぐったりと重い筋肉を僅かに動かすことで笑顔を作り目を閉じた。
もう一度目を開けたときには外は暗く八尋様が横で眠っていた。忙しいはずなのに片時も離れなかったのかと胸が熱くなる。八尋様の番で良かった、心からそう思う。そう思えるのは運命だからなのではなく八尋様からの愛情だからだと、愛される悦びからだと、はっきりと思う。俺も貴方へ同じ想いを送りたい。貴方が運命だから結ばれて良かった、ではなく俺で良かったと思われたい。溢れる涙は耳まで濡らした。負担ばかりかけたくないと、そんな思いで腕を八尋様へ伸ばす。
「やひろさま」
小さな声でも飛び起きるように身体を起こす姿にまた愛を知る。
「のどがかわきました」
安堵の色に変わったお顔を見つめ頬にキスを貰う。
そこからの回復は早かった。千尋は常に隣にいて安静にしていたい俺を可愛く困らせる。赤子なんて皆サルのようだと思っていた俺の考えをひっくり返す千尋を見つめこんなにも愛しい者が存在することがどこか不思議な気持ちになった。
月明かりの指す窓辺に千尋を抱きじっとお顔を覗く。頬を濡らすものを止められずせめて声を殺した。
「千尋……」
小さくなった子宮は存在を隠し一ヶ月の後には千尋と帰ることができた。千尋を腕に抱き八尋様の半歩後ろを歩く。千尋の寝顔をじっと見て足を止め俯く。
「八尋様……、申し訳ありません」
声は震えた。
「私たちの家に帰る日が遅くなってしまったことかな」
緩く首を振った。
「いえ……」
足を止めたことに気がついた八尋様は振り向いた。
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