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 アルファである八尋様にとって運命の相手と契約を結ぶことは当たり前のことだったのだろう。それが本能から渇望する相手ならば尚のこと自然に行われるべき契約だった。受け入れられないという事、諦めるという事、叶わないという事に無縁のあの方に全てを捧げることの出来ない俺は八尋様の矜持に傷をつけ精神的に追い詰めていたのかもしれない。 ーーー  それでも俺は本能のみで動く動物ではない。理性に従い鎧をつけ兜で顔を隠し騎馬隊の列に並ぶ。 「まさか初陣でこんな前線へ行くとは運がない」  久しぶりに聞く愛しい声に返事が震えた。 「そうですね。お互いの武運に掛けましょう」 「千晴か?」 「…………。」  返事の無い俺に肯定ととったのだろう。 「千晴、俺は謝りたくて此処まで来たんだ。お前が消えた朝部屋で診断書を見たよ。俺なりにオメガについて勉強した。それと同時期に八尋様のニュースの奥に千晴を見つけ納得した。俺では共に生きていけないんだと。勝手な自惚れだけど千晴は優しいから俺を忘れないんじゃないかと心配したんだ。幸せにしてやれなくてごめんなと、幸せになってほしいと伝えたかった。そしてオメガを悪く言ってすまなかった」  兜を外し馬上で見詰め合う。 「手紙を頂けたら良かったのに、何故こんな場所まで来てしまわれるのですか……」  時成の自嘲めいた笑みを一筋の泪が飾る。 「俺にも何故此処まで来てしまったのか解らないよ。でも叶わぬとも一目会いたかったのだろう。俺には本能というものは無いが……貴方を愛している。一年でとても美しくなった。アルファがオメガに狂うわけが解るよ」  人妻である俺は不貞を働いているのと同じだろう。涙が止まらなかった。 「俺も貴方を愛しています。共に生きられなくても心は常に貴方の元に……何故ベータでいられなかったのか泪を流さない日はありませんでした。俺を忘れ、生きて貴方の幸せを見つけて下さい」  土を力強く蹴る蹄の音が近付く。そしてモーゼの十戒の様に後ろの騎馬隊の列が割れる。 「千晴殿、何故この様な場所にいるのかご説明願いますよ。返答次第で戦況が動くと心得よ」  八尋様の譴責は低く響いた。 「八尋様、私は千晴様の同郷の者です。お優しい千晴様が武運を祈りに来て下さっただけの事、どうかお怒りをお沈め下さい」  時成の堂々とした姿に一線を引かれたことを悟る。今後もう会うことは叶わないのでしょう。
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