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女性が離れてからメモを開いた。
『幸司っちへ
一葉ちゃんにだけ携番とメルアド教えるなんてずるい!
私にもメールを送りなさい!何日も放置したら絶対許さないからね!』
という文面に、携帯番号とメールアドレスが書かれてあった。そして最後は『美奈っちより』との言葉と、手書きのピースサイン。
僕は思わず苦笑いをしたが、でも、なんだか嬉しい……わざわざメモを渡すってことは、今日はシフトはいってないのか。あの元気な笑顔が見られないと思うとちょっとさびしい。
美奈から教えてもらった携帯番号とメールアドレスをスマホに登録して、メモをポケットにしまったとき、一葉さんがお店に入って来た。
「一葉さん、いらっしゃい。カウンター空いてるわよ」
女性店員がカウンター席をすすめたが、一葉さんは僕を見つけて軽く手を振ると、
「いえ、今日はこちらで……」
と僕の前に座った。
なんだか二人きりって緊張する。
「幸司くん、呼び出してごめんなさい」
そうにっこり笑う一葉さんは、今日はベージュのハイネックセーターだ。
「いえ、僕もパンケーキを食べたかったので」
慌てて言うと、また一葉さんがにっこり笑った。
「一葉さん、アイスココア?」
「いえ、紅茶にします」
確かに、まだ上着はいらないとは言え、夕方ともなると少し肌寒く感じる季節になってきた。
注文した紅茶が運ばれてくると、一葉さんが話しだした。
「それで、あれからいろいろとあったんですが……」
一葉さんがそういって、両手を軽く合わせて口に持っていく。何から話そうかと悩んでいるようだ。
「いろいろとわかったことと、不可解なことも……」
手は口に当てたまま、視線を下げて考え込むように喋る。
「まず、あの子の肺には、水没による窒息死の痕跡がありました。そして、大学での分析で、その痕跡はあの方のお家の庭にある、池の水によるものであるとわかりました」
一葉さんが悩んでいたのは、もしかすると僕が理解しやすいように、どう話すのかということだったのかもしれない。なんだか言葉を選んでいるようだ。
「だけど、それじゃあの猫が池で溺れただけとも……」
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