味をつくる

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 村人のひとりが木を削ってつくられた器に清んだ水を汲んできた。どうしても起き上がることのできない女の口に木製のスプーンを用いて水を流し込むと、やがて誰ひとりとして口を開かない時間が延々過ぎていった。  女は眠りに落ちた。その間も、五人の村人は土の床に腰を据えて女を見守り続けた。明かりひとつない、わらぶきの屋根の向こう側から怪物の唸り声が聞こえてくる。外はすっかり陽が落ちて暗くなっていた。  空間が死んだような時を経て、もうじき夜が明ける頃になると、村人がふたり腰を上げた。質素なパンと湯気のたつスープを運んできた。その香りに呼ばれるようにして、女はスッと目覚めた。そして上半身をあげると、自分のいる場所が見知らぬ村であることを視認し、再びむせび泣いた。  女は事の経緯を説明した。嗚咽まじりで聞きがたい語りであったが、村人たちは親身になって頷いた。 「ありがとう。本当にありがとう」  何度も頭を下げてから、女はぼろぼろな足の上に握っていた拳を見下ろし、また泣きそうな顔になった。  そこへ、村人からパンとスープが差し出された。  女はハッと頭をもたげ、暗がりのためはっきりと見えない村人に礼を告げた。  それから女は、出された簡素なパンをほんのひとかじりした。以前であればジャムやミルクでもないと半分でも食べることが辛かったであろう穀物の味が、このときは極上の仕上がりとなって彼女の味蕾の上を飛び跳ねるようだった。女の目から涙がこぼれ落ちた。かじっては咀嚼し、飲み下すよりも早くパンにかじりつく――。  スープは木のスプーンですくった。音を立ててすする。それもまた女の舌を充たした。途中、村人がどこかへ行ってしまったことに気がついたが、それよりもとろとろなスープの中に沈んでいる小さな粒が、彼女の関心を大きく惹いた。すくう、飲む、すくう、飲む――。しかし、飲むばかりではなく、時おり彼女の頬から鳴るカリッとした音色が無音の家屋内に響く。そのたびに彼女は嬉しそうにびくりと震えた。  最後のひとすくいを口に含み、喉仏が縦に動いた後、女は快感に浸るように真っ暗な天井を仰いだ。  はあ――そんな感嘆の声が女の口から洩れたとき、一本の太い槍が、わらぶきの屋根を貫き落ちてきた。
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