味をつくる

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 さらにひと月が経ち、さあ待ちかねていたぞとばかりに、怪物は改めてその大口を開いては肉塊を胃袋に放っていった。しかし、その肥えた舌はどうにもこうにも唸らなかった。 「話が違うぞ!」   ひとり、またひとり、と怪物は不満な様相をあらわにしつつも、いやむしろその鬱憤を晴らすごとく人々をたいらげた。  処刑紛いの行為はつい三日前まで繰り返された。どうして三日前なのかと言えば、それは連れてこられた町の人間の数に底が見え始めたためであった。  人々は足首を鎖で縛られていたわけだが、どういうわけか怪物は自らそれを断ち切った。女とその弟も同様である。怪物は告げた。 「逃げるのがもっとも遅い人間から順に食ってやる。出口はひとつ。この洞窟から逃げてみろ」  出口を発見する頃には、女はひとりになっていた。みんな怪物に食べられてしまった。弟は最期、実の姉を逃がすため、その命をなげうった。  そして女はひとりになった。  息絶え絶えに駆ける内に、正面に見える光の粒が大きく変化していく。  出口だ。  声の主はまだ程遠い。反響音は女のすぐそこまで届いているものの、振り返ってみてもその相貌に見えるのは洞窟の暗がりばかりである。  女は束の間、強ばっていた頬を緩ませた。だが、その眼差しは暗い。三ヶ月もの間、鎖に縛られていた女の体は外傷こそないものの弱りきっていた。極めつきに、この駆ける三日間、女は洞窟内を流れている水路以外で何も口にしていない。出口から差す光が照らす女の足取りは、酷く揺らめいて見えた。  ついに女は洞窟から脱出した。目の前には草原が広がる。二度三度と辺りを見渡したが、すぐさま地面を蹴りだした。ほんの少し先に、平べったく町のようなものの影が望めたからだ。  幾度と後ろを振り返りながら、風がそよとも吹かない草原を走りきり、女は倒れこむ形でそこに飛び入った。  そこは町ではなく小さな村だった。五人の村人がどこからともなくやって来た。  女は五人の村人の手により、屋根がわらぶきの家に運ばれると、大きな葉っぱが敷かれただけの寝床に横たえられ、そしてとめどなく涙を流した。村人たちは何ひとつ問いただすことなくただ同情を示唆する面立ちでうんうんと頷いた。
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