トマバス・コショウ

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■□ 依頼主が帰った後も、タタはそのままナツメヤシ亭で一人で飲んでいた。 去り際に、年嵩の男が代金は明日払いに来るから、そのまま食事を続けてくれと言ったのだ。 そこへ、案の定、両替商のクラルテが、自分の店を閉めてからやって来た。 「うまい仕事だろう」 タタの向かいにどっかりと腰を下ろすなり、彼は言った。 髭を生やしていない甘い顔立ちを、メガネがなんとか両替商らしい雰囲気に仕立てあげている。 しかし、いたずらっこく笑う目は、どこかネコ科の動物のようで、たいそう女受けが良い。 本人も享楽的な性質で、いつも女をとっかえひっかえしている。 「うまいと言えばうまいが……」 タタは言葉を濁したまま、噛んでいた串焼きを呑み込む。 「東方のツキレタ国の使いということだ」 クラルテがナツメヤシ酒を注文してからそう言った。 「ツキレタ国だったのか」 ツキレタ国というのは、東方の辺境に位置する小さな国家だ。 領土は狭いが産業が盛んで、国力もあり、文化的にも発展している。 「なんだ、聞いてなかったのか」 「訊くのを忘れていた」 「少し前に王が死んで、王女が王位が継承することになってるらしい。 だが、大臣の地位にある王の弟がそれに反旗を翻して、武力抗争も辞さない構えでいるっていう、少しばかしキナ臭い政情にある」 クラレテは両替商というその仕事柄、様々な国の事情に通じている。 両替のレートはその国の貨幣価値を考慮して、日々変動するからだ。 「お前、それ少しじゃないだろ。かなりキナ臭いじゃないか。 それを知ってて、オレに話をふったのか」 しかもあるかどうかも分からないトマバス・コショウの噂話と一緒に、だ。 タタは、煤と脂で黒く染まった日干し煉瓦の天井を仰ぎ見る。 この男は、キナ臭い国の使いを友人に紹介することを何とも思わないのだ。 それとも本当は、向こうはタタのことを友人だとは思っていなかったのだろうか。 「香辛料取りに行くだけなら、国の事情なんて関係ない話だろ?」 タタがいくら憤ってみせても、クラレテは何てことはないという顔で、土鍋煮の中のモツをつついている。 その様子を見ていたら、タタも何となくそんな気になってきて、景気づけにと、ナツメヤシ酒の杯を重ねたのだった。
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