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「世界一美味い材料を集めて料理を作れば、世界一美味い料理になる、ってことらしい」
船長室で、天井からロープで吊ったベッドに腰を下ろしたタタ・メーメイは、小間使いの少年シドにそう話した。
船長室と言っても、砂船のそれは手狭で、作りもほぼ客室と変わらない。
「トマバス・コショウが世界一の香辛料なんですか?」
「東国の地理書にそう書かれているらしいぜ」
シドは分かったような分からないような顔でうなずいた。
船員らしくバンダナをきっちと巻き付けてはいるが、頬の線も柔らかく、首や肩もほっそりしている。
「だけど、自分の国が大変な時に、世界一の美味なんて……」
はっきりとは言わないが、バカげてると言いたそうな顔だ。
タタ自身も当然そう思っているが、金になるならなんでもいい。
依頼主たちの中では、どうやら真ん中にいた年若の男が代表者を務めているようだった。
彼の名はスーシィといった。
タタは彼と、トマバス・コショウ発見の成否に関わらず、報酬を出させる契約を結んだ。
そのスーシィ自身もどこか、この探索行をバカらしく思っているように見えた。
「人間ってヤツぁ、偉くなればなるほど、バカになっちまうもんらしい。
それに世界一のメシっていやあ、オレなんかはナツメヤシ亭の土鍋煮だがな」
タタがそう言うと、
「僕は、ハト肉の串焼きだと思います」
シドはそう答えて、ヨダレを拭く真似をした。
ヌグルークス号は、鉄風の河を東に向けて進んでいた。
鉄風の河では、その名の通り、時折鉄粉混じりの真っ黒な風が吹く。
10分ほど前、フォアマストの上の見張り台、カラスの巣とよばれるその場所から、当直の船員の鉄風接近の報告があった。
鉄風は、迫ってくる黒い壁として遠くからでも目視できるのだ。
慌てて帆をたたむと、船員は一人残らず船室や中甲板以下に降り、倉口の蓋をぴったりと閉めた。エンジンも止めた。
あとは風が過ぎ去るのをただただ待つばかりである。
ところが、 タタが何気なく窓に目をやると、上甲板に人影がある。
「なんだ、誰が出てやがる」
砂嵐にも耐えられるようにと作られた窓のガラスは分厚い。
室外の様子はぼんやりとは見えるものの、誰が外にいるのかまでは分からない。
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