ミス火星の、乱

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             1  1000色を越える光のグラデーションが、空中遊泳ステージを照らした。  帆船の形をしたそれは、巨大なドーム・アリーナの高い天井を、右から左へゆっくりと移動していった。  帆船の甲板ステージには、最終選考に残った少女たちが、眼下の観衆に向かってしきりに両手を振って自分たちの存在をアピールしていた。  演出用のカクテル光線は縦横無尽に乱舞していたが、やがてその動きは緩慢になり、少女だちひとりひとりを念入りに照射した。  火星歴200年の記念祭典行事のひとつ、ミス火星が選出される瞬間だった。  眼下の会場では、約3万人の火星に関わる人々が、天空の帆船を見上げていた。  観衆のどよめきは、熱いるつぼの空気となって、帆船のステージまで立ち昇っていく。  まもなく、巨大な会場は最高潮に達しようとしていた。  ドーム会場の丸い天井の中央が割れて、一条の銀色の閃光が走った。銀色の光線の中に2隻目の帆船の黒いシルエットが浮かび上がった。  会場のざわめきは次第にフェードアウトしていく。  2隻目の甲板には百人規模の管弦楽団が待機していた。  会場は静寂に包まれた。  厳粛な儀式の始まりであった。  そして、最優秀ミス火星を決定する、運命の交響曲が2隻目の船上から流れだした。  バイオリン、ホルン、バス・トランペットの大音量が天空から降り注いだ。  ワルキューレ騎行。  千年前に作成されたとされる歌劇の旋律に合わせて、選ばれし者は、下方500メートルの空間をダイブするのだ。  群衆が点描画のように見える高度である。  会場内にある無数の音声拡張機から、中性的な声のアナウンスが響いた。 「ご来場の皆さま。お待た致しました。只今より、ミス火星コンテストの発表を実施いたします。まずは、コンテスト第6位から。」  ワルキューレは静かになった。入れ替わりに大観衆のざわめきが次第に大きくなっていく。観衆もコンテストエントリーの当事者たちも、緊張が昂じてくる瞬間である。  ニックネームはミルクティ。エントリーナンバー EA-96-024。  彼女は華奢な体を硬くさせていた。  ファイナルで優勝できなくても、彼女は充実感に満たされていた。  自分が何位に入賞できるのか分からないけど、やっとここまで来れたのだから。  答えはすぐ目の前にあった。  
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