極上の美味

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 理工系の授業の中には実験があり、無駄に長い。授業を終えたらもう空は赤く染まっていた。少し早いが夕食を済ませて帰るという話になり、僕は友永利助と大学の学食に来ていた。 「本当にうまかった。やっぱ本格フレンチってのは違うな。知ってるか? 本物の肉ってさ、ナイフの重さだけで切れるんだぜ」  昨晩の夕食を反芻しているのか、熱っぽく、ときにうっとりと呆けながら、利助が僕に語り掛ける。  僕は中流階級に片手でしがみ付くような家庭の出で、フランス料理のフルコースを堪能する機会には今日まで恵まれていない。お手軽にフランス料理が楽しめる店というのも随分増えてきたけど、それでさえ貧乏大学生の僕らには敷居が高い。  そうだと言うのに、利助が昨日行った店は高級店を星で評価したガイドブックの常連店。利助の家も決して裕福ではないという話だったが、昨日は特別だったらしい。誰もが知る大手の自動車会社に就職した利助の兄が、初ボーナスで家族にご馳走したという流れのようだった。それなのに、利助からは兄の話はほとんど出てこず延々と一時間、昨晩食べた料理について語り続けている。これだけ喜んでもらえるなら、利助の兄も本望だろうか。「――拓海、聞いてるか? なんか、さっきから黙ってばっかでさ」  とっくに夕飯を食べ終えたのに席も立たず、何周もする話をただ聞き流していた僕の前で、利助が手を振る。 「聞いてるよ。鼓膜が震えることが聞くってことなら、間違いなく聞いてる」  ついでに言えば、昼ご飯の時にも一時間きっかりその話を聞いている。僕の返事に利助がむっとして僕を見た。 「それは聞いてないよな。心で聞けよ。俺の感動を共有しようぜ」 「お腹一杯で胸やけしそうなんだ」  僕が辛そうに顔を歪めて首を振ると、利助が僕の顔色を伺う。 「大丈夫か? 昼のカツは確かに油っぽかったよな。それに引き換え昨日食べた――」  頭の沸いてしまった利助に遠回しな言い方は通じなかった。
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