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溜息を吐いて、僕は言い方を改める。
「その話は聞き飽きたんだ。利助の感動はちゃんと伝わってるからちょっと黙ってくれないかな」
「その言い方は俺の感動のひとかけらさえ伝わってないと見たぞ」
口調には抗議の響きが有るものの、いい加減に僕が辟易していることを察したのか、利助が居心地悪そうに身をゆすった。
「悪かったよ。でも、そのくらい旨かったんだ。アレを極上って言うんだろうな。もう一回食えるなら死んでもいい」
「……安い人生だね」
「誰の人生が安いって? ふざけんな! やっぱりお前には俺の感動が伝わってないな」
僕が肩をすくめてぼそりと呟くと、聞き咎めた利助がテーブルをバンと叩く。
「じゃあ聞くけど昨日の夕食、いくらだったの?」
「……五万円」
先ほどの自分の発言を思い出したのか、小声な上に早口で利助が僕の質問に答える。
「ん? 利助の命は五万円ってこと? なら丁度いいや。五万円あげるから、その口から同じ話が二度と出てこないように糸で縫い付けてきてよ」
「怖えな。それ死ぬより辛そうじゃね? っていうか、拓海だってあるだろ? 人に話したくなるような美味いもの食った話の一つくらいさ」
「ないことは、ないけど」
「じゃあそれを語れ。存分に語れ。それでおあいこでいいだろ?」
「なんか釈然としないな」
僕が語った所で今日の時間が返ってくる訳じゃなくて、その上これから別に特段聞かせたくもない話をしなければならない。正直、どこがおあいこなのかともう一度話を混ぜっ返したくなるけど、この話を引っ張ってもあまり良い事もなさそうだと思い直して、僕は頷いた。
「けど、まあそれでいいや。極上って感じた美味しいものの話をすればいいんだよね?」
「お? あるのか?」
前のめりになる利助に頷いて、僕は過去最高に美味しいと感じた一品に至る話をすることにした。
「あるよ。小学6年生のときの話なんだけど」
僕は十年くらい前の記憶を語りだす。
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