極上の美味

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 公務員の父さんが夜の6時くらいに帰ってきて、そのまま家の玄関で高らかに宣言したんだ。 「明日から外食に行きます!」  その言葉を聞いた僕は、本当に心の底から喜んだ。外食なんて滅多になくて、だから子供の僕にとって、それは一大イベントに違いなかった。でも、狭いアパートの台所からひょいと顔を出した母さんは「私は行かないから。ご自由にどうぞ」って呆れ顔で冷たく返事をするだけ。いつも外食しようって言うのは母さんだから、てっきり母さんも乗り気なのかと思ったのに。でも、母さんの返事を予期していたのか、父さんは気にした風もなく、テレビの前で転がっている僕に近づいてきた。 「拓海は行くよな? 行くだろ? 行くべきだよ」 「わかったよ。行く。行くから触んないで」  わしわしと全身を撫でまわして誘ってくる気持ち悪い父親から距離を取って、僕は外食に行く事に同意した。ちょうどそのタイミングで母さんが夕飯を持って居間に入ってくる。 「あんた行くの? 物好きね」 「物好き? なんで? 何かあるの?」  先ほどからの母さんの態度に違和感を覚えて、僕は尋ねたのだけど、母さんは一人納得した風に「何事も経験よね」と言って、ちゃんと答えてはくれなかった。皿を受け取ってちゃぶ台に並べていく父さんに、母さんが目を向ける。 「拓海の分の用意はどうするの?」 「梨子さんのを借りればいいんじゃないかな。来てくれないんでしょ?」 「行かない。そうね、拓海。ちょっと立って」  僕を呼び起こして、母さんが僕を下から上へ視線でなめる。 「大丈夫そうね。あんた、もう少しがっちりした方がいいんじゃないの?」  無遠慮に眺めた母さんが、僕の貧弱な体について余計な一言を付け加える。そんな一言もあって、僕はすねたように不満を口にした。 「何なの? 勝手に二人だけで分かってるみたいに話してさ」 「そう言うなよ、拓海。すごいもの食わせてやるからな」  力を込めて言う父さんに、僕は何だかもうどうでもよくなって「期待してる」と気のない返事をしただけだった。  明日の朝は早くに出かけるということで、僕は夜9時にはベッドに押し込まれていた。
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