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これは、一人の人間が幻想郷に迷い込んで間もない頃の話である。
「…というわけで天城神威、あなたに依頼します。引き受けてくれるかしら?」
扇子で口元を隠し、微笑みながらそう言うのは八雲紫。
ここ『幻想郷』の創設者の一人で、強力な力を持った大妖怪だ。
俺は目の前に置かれた札束を目にし、紫を訝しげに見つめながら言う。
「…おいおい。あんたが俺に依頼たぁ、随分と珍しいことがあったもんだね。一体、どういう風の吹き回しだ?」
「あら、万屋として活動し始めたあなたに、私からのプレゼントよ?お気に召さなかったかしら?」
クスクスと笑う紫。
確かに、万屋として活動を始めた俺のところには、今のところ一件の依頼さえ無い。
だからこれは初依頼で、俺にとっちゃ門出の依頼と言ってもいいものだ。
しかし、俺は素直に喜ぶことが出来なかった。
「…ああ、お気に召さないね。あんたがプレゼントたぁ、縁起でもない」
「あらあら、酷い言われようね」
「そりゃそうだ…あんた、一体何を企んでいる?」
「あのね、人を何だと思っているの?」
「いや、あんた妖怪だろうに…」
「そういえばそうだったわね…」
そう言いながらも、未だに笑っている紫。
こいつの行動には、いつも裏があって当たり前だ。警戒するのは当然。
そんな俺の意図を読み取ったのか、紫の傍に立っていた女性が口を開いた。
「安心しろ、神威。紫様は、何もお前に危険な目に遭わせたくて依頼したわけじゃない」
八雲藍。
紫が従える式で、正体は『九尾の狐』という最強の妖獣らしい。
主の紫とは反し、実に穏やかで礼儀正しく、ただの人間である俺にも優しく接してくれる数少ない人物だ。
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