プロローグ

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マンションのエントランス 「右OK左OK」  コソコソコソッ どう見たってボブではなくおかっぱに近い真っ黒の髪。 古臭いメガネに顔の半分近くを隠すマスク。 型にはまったリクルートスーツにぺったんこの靴。 人の好みは千差万別。 それだけならば見過ごすけれど 執拗に辺りを見回し今だとばかりに飛び出す姿。 ドスンッ 下を向いたまま飛び出してきた女と1人の男が出会いがしらの正面衝突。 どちらかといえば、男の方は確信犯。 「す…すみませんッ」 下を向いたまま狼狽え頭をペコペコと下げ続ける不審な女 「あんた何者?」 上から降る言葉が強く感じているのは怒りを含んでいるからか。 「ここの住人です。出勤するとこなんです。本当にすみません」 「ほんとうに住人?何号室」 「そ…それは言えません」 この不審者が俺を警戒? ぶつかった男はさらに不機嫌。 「じゃあ 管理会社」 慌ててバッグの中からスマホを取り出し 「これこれ、フォレスト株式会社」 家の鍵はこれとばかりに下を向いたまま上に手をあげて大きく揺らす。 管理会社なんか俺知らねぇって。 揺れる鍵は、少しばかり特殊な形。 普通より分厚くてやけに重い。 「間違いなさそうだ。行ってよし」 「ほんとうにすみませんでした。ありがとうございますッ」 三度頭を下げるとカニの様に横に ササッ そのまま逃げるように走り去った。 「なんじゃありゃ。座敷童かよ」 コンビニ帰りの白い袋を手に提げて奇妙な女の後ろ姿を見送る 氷室 瑛太(ひむろ えいた)29歳 フリーカメラマン 「いやぁ怖かった…右OK左OKでも前をもう一度見なきゃダメじゃんッ」 逃げ出すように走るのは 芹沢 美祈(せりざわ みのり)23歳 大手IT企業勤務 「瑛太、そんなとこで何やってんだよ」 「あれあれ」 指さす先には、逃げるように走る美祈の姿。 「あぁ、芹沢」 「知ってんの?」 「俺の部下」 「は?あんな座敷童みてぇなのがいるのかよ」 「真面目で一生懸命な子だよ」 チラリと時計を見て「じゃあな」と歩き出したのは 榎本 柊哉(えのもと しゅうや)29歳 大手IT企業勤務  毎日訪れる朝に、ちょっとした出来事が加わると大きく日常を変えていくという事をこの時は誰も気づかなかった。
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