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第一章
“拝啓
お元気ですか。初めて手紙を書きます。この手紙が届く頃には、僕はもう君の住む街からは離れていると思う。君と過ごした、あの街を。”
そんな書き出しの手紙が届いたのは、11月も中旬に差し掛かる頃だった。秋の終わりを告げるように、色付いた木々たちもだんだんとその身から葉を落としていく。この時期は、澄んだ空気と冬の香りが入り混じる。私の、一番憂鬱な季節だった。
「平岡…優斗…」
差出人の名前を呟く。手紙が届いたのは2日前だったというのに、開くのをためらってやっと今日開封したところだった。
誰もいない場所で読むべきだと思っていたのに一人で読むのが怖かった私は、近くの喫茶店に来ていた。人の目があれば立っていられると思ったから。きっと一人でいたら、私は身動き一つ取れなくなっていただろう。ポストに投函された手紙に気付いた時でさえ、一瞬息が止まるかと思ったほどだったのだから。
「お待たせいたしました」
綺麗な所作で、珈琲を運んでくれる女性店員を見やる。
「ありがとう」
軽く頭を下げて、出された珈琲に口を付けた。香ばしい豆の香りは、朝は目覚めを誘い、昼なら街の喧騒を忘れさせ、夜は一日の疲れを取り除く。この習慣は、OL時代の名残なのかもしれない。
また手紙に視線を落とす。何度も読もうとは思うのに、なかなか読み進めることができずにいた。“君と過ごしたあの街”という文字ばかりを頭の中で繰り返す。彼と過ごしたあの街を離れて、私は遠い地に居を移していた。一年間は郵便物を転送してくれるというサービスのお陰で、この手紙は私の下に届いたのだった。
以前は、東京の郊外に住んでいた。安いアパートを借りて、会社まで40分以上かけて電車に乗って通っていたのは、もう半年以上も前の話だ。逃げるようにすべてを捨てて一人で一から始めるために、海の見える田舎町に越してきた。この町で、私は何もかもを忘れて生きていこうと思っていた。
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