第一章

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彼からちゃんと告白をされて付き合うことになったのは、その頃雑誌に載って人気が出たレストランに行ったときだった。たまたま振った話題を覚えていた彼が予約を取ってくれたのだ。洒落ているのに気取り過ぎない店内が、彼の雰囲気に似ていた。 「君といるのは居心地がいいんだ」 何度かのデートを重ねたその日、彼はそう言って、付き合おうと真剣な目で告白をされた時には正直驚いた。大人になってからの恋愛はいつだって体の関係の方が先だったから、こんなに順序正しく付き合うなんてもうないと思っていた。自分がすれた大人になったのだと感じる瞬間でもあった。 「はい」 それしか言葉にならなかった。こんな私でもいいのかと不安が心を掠めたけれど、彼の直向き(ひたむき)さに応えたいと素直に思った。だからこそ、あんな別れ方をするなんて思いもしなかった。 “最初のデートのときに「どうして私を?」と聞く君に、照れ隠しで濁してしまったけれど、君が上司の分の仕事を押し付けられているのに文句も言わずに残業をしていたことも、覚えの悪い部下にも親身になって仕事を教えていたことも、僕は知っていたんだ。部署のちがう君の仕事を少しも手助けできないことが悔しくて、せめて安らげる場所を作ってあげられたらと思ったのが最初だった。” あの頃、少しも知ることのできなかった彼のことが書き綴られていた。 残業が続いた日には、家でのんびりできるようにDVDを借りてきてくれた。たまにはと言って、料理を振舞ってくれたこともあった。それはすべて、私のことを思ってだったのだと思い知る。一度もそんな素振りを見せなかった彼の優しさが、彼の想いの深さが、今はただただ苦しくて仕方なかった。 彼との付き合いにも慣れてきた頃に、部署の移動の話が来た。自分の仕事が認められたのだと思ったのとは裏腹に、移動先を見てそれが左遷なのだと気付いてしまった。リストラの話も聞く中ではそれがまだましなものだとは言われたのだが、それでも受け止めきれない感情が私をひどく混乱させていた。
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