2/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
『高嶺宙は白井先生が好き』 その噂は、瞬く間に全校に知れ渡った。 俺がその噂を友人の口から耳にした時、知らず知らず舌打ちが零れていたことを鮮明に覚えている。 高嶺宙は俺と同じ2-Aで、俺のクラスメイトだ。 もっと言うと、保育園の頃からの幼馴染み。 宙は底抜けに明るくて、面倒見もよく、後輩から慕われ、それと同時にいつも笑顔な宙は、先輩や教師、更には保護者一同からも評判が良い。 容姿もそれほど悪くなく、かと言って絶世の美女という訳でもない。ただ、愛嬌のある宙を、多くの人が愛していた。 多くの人に、愛されていた。 「宙!」 ガラッと教室のドアを開ける。 その瞬間に、生ぬるい風が、開け放たれていた窓から、ぶわっと俺を押した。 その風に乗り、柑橘の爽やかな香りが、ふうわりと俺の鼻を撫ぜた。 思ったよりも声が大きくなってしまったようだ。教室にいた同級生たちが動きを一瞬、ピタリと止めたのが視界に入る。 俺は香りの元であろうそちらをぐっと見据え、逆光で真っ黒なその影に近寄る。 だんだんと見えてくる輪郭に、メラメラと感情が昂ってきた。 「え、なに? どうしたの」 柑橘の香りの持ち主である宙が、驚きの色だけを浮かべた顔が見える。 クラスにいる連中も、俺の滅多に出さない大声に驚いたのか、皆一様にじいっとこちらを見ていた。 俺は柄にもなく、宙の手をぐいっと引く。 普段は仲の良い親友とでさえ、冗談を言う彼を小突いたり、頭に手刀を入れるくらいしか触れ合わない。ましてや、女子なんて、小学校の頃まで遡らなければいけない。 宙は黒板の前の教卓に肘をつき、教壇に上がって友達と駄弁っていたようだった。 古びたリノリウムの床は、俺の両親が踏んだ床と同じものだ。剥がれかけているものもあるし、表面はさらさらと滑る。 宙は突然引っ張られたため、教壇から床に降りた瞬間足を滑らせかけた。 運動神経の頗る悪い彼女が転んでしまうだろうか、と一瞬ヒヤリとしたものの、予想した事態には及ばず、体制を立て直した宙が俺に噛み付いてくる。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!