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「ねぇちょっと!なにするのっ」 周りもザワザワとしだした。 でも、今の俺には聞こえない。 宙の、凛とした声が若干震えていたことだけは、意識の中に入り込んできた。 掴む手の強さをほんの少し、宙だけに分かるように弱めて、ドアへ引き返す。歩幅はきっと、宙よりだいぶ大きい。 とにかく、この場から早く離れて、宙と話さなければならない。それだけを考え、ふたりで教室を出た。 人の心には気持ちのコップがあり、それは無数に存在している。その人が出会ったものの数だけ、コップが生まれる。 コップの中には、様々なモノを注ぐ。それが何なのかはわからない。 サラサラとした透明な液体かもしれない。 ドロリとした熱く煮えたぎる液体かもしれない。 はたまた、砂漠の砂かもしれないし、目には見えない気体かもしれない。 俺の宙に対するコップがあるとするなら、それは青く、少しとろっとした冷たい液体だと思う。 今、そのコップは長年の時を経て、八分目ほどまで溜まっているだろう。 教室を出てからも、宙は自らの手をちからいっぱい引いたり、ブンブン振り回したりと、何とかして俺を止めようと必死だった。 いつもキラキラと笑っている彼女が、朱に染まった顔をして怒りと焦りを身体のすべてで表しており、不思議な気持ちになった。 こんな宙の姿を見たのはいつぶりだろうか。 保育園の頃の宙は、ひとりで人形遊びをして、先生の後をついてまわっていた。 今よりも笑うことは少なく、ハイハイをしていた頃から知っている人間以外には、警戒心丸出しだった。 あぁ、でも。 宙を連れて、3階の一番端っこにある空き教室を目指す。階段を上り、真っ直ぐな廊下をずんずんと歩く。 その頃には、もう宙は何も言わず、訳が分からないといった混乱が顔に出ていた。
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