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ここの鍵は、俺がずいぶん前に拝借してあるから空いている。
たまに親友と昼ご飯を食べる時に、こっそりと使っているのだ。今日も、つい先刻親友とここを訪れている。その証拠に、扉のガラスから見える窓は全開だ。あの野郎、窓閉めろって言ったのに。
そんなことを思いつつ、ガラッと扉を開ける。宙を掴んでいる腕を中に引き入れ、ここでやっと腕を放した。
宙は大人しく部屋に入り、腕をさすりながら俺を睨む。
「ねぇ、なんなの」
驚きのほかに、恐怖の色が加わった宙の顔は、親友を傷つけた男を見るような表情を浮かべていた。
はぁ、とため息とも取れる浅い深呼吸をしてから、俺は宙を真っ直ぐ見据えた。
俺の真剣な気持ちが伝わるように、顔を引き締める。
「お前、これでいいのかよ」
俺の声は先ほどの宙のような、震えた声となって空き教室に響いた。
この教室には机と椅子のセットが6つほどしか無く、開かれた窓から、場違いなほど爽やかな風が吹いてくるばかりだ。
その風は宙の髪を撫で、2人の空間を埋めて、俺の腕に触れる。宙はその風に目を瞑り、先の俺の声を反芻しているようだ。
彼女は今、何を考えているのだろう。宙のまつ毛は長い。
「聞いたんだ」
数分前の声よりかなり落ち着いた声で、宙が言った。表情を伺うと、俺は呆然と目を見張らせた。
宙は、いつの間にこんなに大人びた顔をするようになったんだろう。
諦め、憂い、戸惑い、不安。
様々な感情が混ざった顔。人はこれを、何という言葉で表すのだろう。
宙に何か言わなければならない。でも、頭からも喉からも、何も出なくて、沈黙を作ってしまう。
「誰が流した?」
ようやく出てきたものが宙のまつ毛を揺らした。
戸惑っていて、躊躇っている。宙はきっと、その返事一つでこれからが決まると悟ったのだろう。こいつは賢い人間だ。
宙の気持ちを周りに言いふらすような、そんなやつがいるのなら、そいつの今後のためにも教え込んでやらなければいけない。俺の性格をよく理解している彼女は、苦笑いをしてから、何かを振り切ったように深く息を吸い、吐いた。
「たぶん潮時だったんだよ」
誰が流したわけでもないと思う。
そう言って、顔にかかった横髪を耳にかけ、同時に、宙は教室に堂々と鎮座する黒板を見た。俺もつられてそこに顔を向ける。
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