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綺麗に掃除された、深緑色の黒板。
何の変哲もない黒板で、俺はまた宙を見やる。
宙は、黒板をすっと見つめている。その目は、大人びた色を含み、どこからともなく湧き上がってくる熱いものが俺を駆り立てた。
「宙」
イライラとしたような声色で宙を呼ぶ。
目の前にいて、手を伸ばせば簡単にその頬に触れられる。やろうと思えば抱きしめ、キスをすることだって出来る。
それなのに、何故か宙が、どこかへ消えてしまいそうな感覚が俺を支配する。腹が熱くなり、心臓の音が早まる。
俺の心のコップは、少しでも触れれば、青の液体が溢れてしまうほどになっていた。
「いいなぁ」
宙は少し間を置いて、そんなことを言った。
俺は訳が分からず、焦燥感が増す。すると、宙は黒板から目を離さず、そちらの方へ歩き出した。
その足取りはゆっくりで、着実で、だからこそ危うい。
つい宙に手を伸ばすも、広がった空間は現実的で、そのさらりとした肩にかかる髪の毛には、触れられなかった。
「わたしも、黒板だったらな」
そう言いながら、黒板をするりと撫でる宙。
その指先が、宙の感情を顕著に表しているのは分かっているのに、つい目を逸らしてしまった。それを見ると、とうとう俺の知っている宙が、宙でなくなるような気がして、それを恐れて目を逸らしたのだ。
俺は宙の考えていることがわからなかった。
「どういうことだ?」
無意識に、つい責めるような口調になってしまう。が、宙はさも気にしていないかのように話を続けた。
「翔には分からないよ」
分からなくていい。
少し笑いながら、振り向いてそう言った宙に、ますます胸の中の疑問が、風船のように膨らんだ。
いつから、宙の考えていることが分からなくなったんだろう。
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