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陶器のコップを御盆に乗せ、僕自身も背筋を伸ばす。そもそもこれは今日この場に訪れている来客のためにと用意した、言わば礼儀の一つだ。温かいうちに届けなければと思い、狭い台所そばから来客用の和室へと向かう。
僕は笑っていた。
二つの奇跡を覗き込むたびに、笑っている僕もそこにいた。それが嬉しくて、僕は何度も繰り返しその奇跡を覗き込んだ。
途端、その異変に気づいてしまった。
奇跡が、今の今まで続いていた奇跡が、崩れ去る音が聞こえた。その音は脳内でノイズ音のように歪み、僕の思考を停止させた。
開かれた扉。
その一室の中で、華奢な両手で口元を覆った彼女が唖然と立ち尽くしている。
僕は無意識に、両手に加わっていたはずの力を緩めてしまった。ガシャンとけたたましい音が空間に響き、二つの奇跡は消え去り、そして、彼女が振り返った。
「……見ちゃったんだね」
奇跡が崩れる、音がした。
それはいつか耳朶を打った何かの音と酷似していて、僕はゆっくりと、驚く彼女に向けてそう口にした。
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