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「ま……迷った?」
ヘッドフォンの下、両の鼓膜を心地良く揺らしていたグランドピアノの音色が止んだ時、僕はようやく自分が道を間違えていることに気が付いた。
間違うはずがなかった。
学校からの帰路。
普段通りに進み、普段通りに曲がり、普段通りの時間に帰宅するはずだった。
愛用しているヘッドフォンの中でお気に入りのプレイリストが一周する頃には、僕は自室のベッドにダイブしていたはずなのだ。
しかし、何故かヘッドフォンは未だ僕の両耳を覆い、今も尚、美しい旋律を奏でている。
目を瞑っていても辿り着けるはずの下校ルート。
どこで、いや、どうして、こんな事に。
「やばい……やばいやばいやばいっ」
その事実を認めたくはなく、僕は闇雲に来た道を戻っては進むを繰り返す。
何度も何度も方向転換し、朱色が薄青く変化し始めた瞬間、その言葉が脳裏をよぎった。
……迷子。
僕は高校二年生にもなって、地元で、しかも歩き慣れた帰路の途中で、迷子になった。
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