出会いのキャンパス

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   一 「それは違うと思います」  きっぱりとした口調が室内にこだました。 シャーペン片手に考えるふりで居眠りをしていた梅畑雅秋(うめばたまさあき)は、その凛とした声に顔をあげる。 教壇の一番近くへ位置した場所に立ち教授に向かい一人の女性がなにやら意見していた。声に反して華奢な体躯の女性は、まっすぐ前方を見ていま一度口を開く。 「本当に共存を望むならお互いに互いの主張へもっと耳をかたむけるべきです」 言葉の内容に雅秋は、ああ、と嘆息した。 (獣人のことを言っているのか) ここ黄梅(おうめ)市には、人間のほかに獣人という種族がいる。 彼らは遠い昔、女神、雪姫によって獣から人へと変化(へんげ)するという恩恵を与えられた。それは願いを叶える木の実、黄金梅によって為されたことだったため、人も獣人もその梅の実と雪姫を崇め、守ることを誓ったのだそうだ。 以来、雪姫との約束を守り続けた黄梅市は、現在国との接触をほぼ断ちきり、実質鎖国状態となっている。限られた者だけで暮らすこの土地は、やがて歪みを生んだ。 即ち、獣人と人間との諍いである。 「黄金梅を守る」ことに固執した結果、互いの溝は取り返しのつかないほどに深くなってしまった。 (それなのに、いまさら対話、か……)  平和主義は結構なことだが、実際には双方が対話する機会など、もうないと言っていい。 そんな単純な構図、梅八家の一員である自分でなくとも理解しているはずだが。  雅秋は短い黒髪を耳にかけた化粧っ気のない女性の横顔を、ぼんやりと見つめる。長い黒まつ毛を瞬きもせず、自信に満ちた迷いのない表情で佇む姿に、小さくうなった。 (冗談で言ってるわけでもないし、何も考えてないわけでもなさそうか)  雅秋は内心で感嘆しつつ頬杖をついた。
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