一、落し物

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一、落し物

黄金色に生い茂る草の上でそれを見つけた時、小松琴乃(こまつことの)は少し困惑した。碧石(へきせき)女学院からの帰り道で土手に座り込み川を眺めるのはいつものことで、人と会うことがめったにないため道草を叱られたこともない。 だが、今日はどうやら先客がいたようだ。琴乃は蝦茶色(えびちゃいろ)をした袴の先にある白い長方形の紙を前にしばし逡巡する。どうやら見たところ栞のようだが、はたして自分などが拾ってしまっていいものなのだろうか。 誰かに打ち明けるとここで川の流れを眺めていることがばれてしまうかもしれないし、そもそもこの栞を探している人物とすれ違いになってしまうかもしれない。 (どうしたらいいのかしら……) 琴乃は長い黒髪へ結ばれた紺色のリボンを揺らしながらしばし佇み、おもむろに栞を手に取る。ひっくり返してみると、そこには赤紫色の楚々とした押し花がついていた。 持ち主は女性だろうか。 (帰ったら珠代お姉様にお手紙を書きましょう) 珠代(たまよ)とは、自分と「sister」の誓いを立てた女学校の先輩、花京院(かきょういん)珠代のことである。華族の出である珠代は知識も豊富だ。彼女にならなんでも相談できるし、良い助言も貰えるだろう。自分にとっては級友よりも頼りになる存在だ。琴乃は一つ頷き胸元の懐紙に栞を挟み込むと、橋を渡り街へ向かった。
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