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あまりに突拍子も無いことで、つい地が出てしまった。
「あのFCをデモカーにする予定なんだ。ただ、ドライバーが不足してるんだ。御堂にはレディースリーグやらテストやらに世話になりっぱなしだ。あのISだって他の店でテストしていたクルマをウチでリセッティングしたんだ。あれは苦労したぜ。だが、本業が行政書士に副業でモデルだろ? 忙しそうでなかなかテストを頼めないんだ」
柳瀬はFCをドアロックさせる。スパナをジーンズの尻ポケットから取り出して、バッテリーのマイナス端子を外した。バッテリーサイズ自体はBRZと同じだった。
「そんで、俺もレーシングチームに誘われててな。RedWindの社員という立場を変えない条件なら話に乗っても良いと思ってる。だが、そうなると、俺もRedWindのテストに参加しにくくなるわけさ。そこで御堂弟よ。あんたの腕なら、十分にやっていける」
魅力的な誘いである。今にも飛びつきたい話だ。しかし、何かが後ろ髪を引く。足かせを引いている。
「まぁ、RedWindの社員になれとは言わないし、趣味とでも思ってくれれば良い。押しつけるわけでもない。やる、やらん、どちらを選んだとしてもその意思は尊重する。ま、早めに答えてくれると助かるな」
柳瀬は店の中に戻った。レンタルガレージではNCP10ヴィッツに車高調を入れている大学生くらいの集団。数ヶ月前まで同じような立場だったのに、懐かしさを覚えた。
蒸し暑さを孕んだ風が吹いた。FCのボンネットに広葉樹の葉が舞い降り、風に吹かれて飛んでいく。
佇むくすんだ赤の車体は哀愁が漂い、存在感を消している。
走りたいのか、それとも休みたいのか。相手は機械だ。意思など存在しない。手に渡った人間の意思次第なのだ。
ケータイを取り出し、番号の羅列を並べ、通話ボタンを押した。
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