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日が傾き、空はセピア色に染まっていた。太陽が断崖に隠れ、谷底は暗くひんやりとしてきた。足元が見えづらくなり、自然と歩くペースも落ちてくる。急ぐ必要もないか。
義夫は足を止めた。
「ちょっと休憩にしますか」
腰掛けるのにちょうど良さそうな岩を探し、彼女と並んで座る。こうやって、彼女とよく並んで座った。この感触を味わうように義夫は目を瞑る。もうこの感触さえ味わえなくなる。最後なんだ。
義夫はこみ上げてくる感情を押し殺し、彼女のほうを見た。
「覚えているかい?」
義夫は小さな声で言った。
「義夫さん何か言いましたか?」
彼女は首を傾げる。彼女には聞こえなかったらしい。内心聞こえていなくて、良かったなと思った。
「いいや、何も言っていないさ」
義夫は地面に視線を落とす。これは自分の悪い癖だ。ちゃんと決心がついて、向き合おうと決めてここまで来たんだ。今更、その決心がぐらついている場合ではない。
「さあ、行きましょうか」
「はい!」
彼女はまだ知らない。義夫は思いを噛み締めるようにゆっくりと歩き始めた。
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