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◆
「お願いします! 行かせてください」
「そんなこと言われてもね。君は、本当に耳が聞こえない人々が住む世界があるなんて噂、信じちゃってるの? そんな確証のないことを言われてもね。これは遊びじゃないんだから」
男は渋い顔をしながら言った。
「一週間だけでいいです! 場所はもうだいたい見当がついているので」
義夫はけして引き下がらなかった。ずっとこの噂を追い続けていたのだから、自分が満足するまでやり通したい。それが義夫の本心だった。本当にそんな世界がなくとも、何かをやり通したという充実感だけを求めていた。
「わかった。それで、ダメなら諦めろよ」
「ありがとうございます!」
許可を得たその日に、義夫は日本を飛んだ。目的地はアルプス山脈の最果ての峡谷。その不確かな情報だけを携えて向かった。
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