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 最初は、障がい者支援のジャーナリズムだった。関心のある分野だったから、別に苦ではなかった。  義夫は真面目に取り組み、ある程度の貢献はしてきた。でも、理想とはとてもかけ離れていた。    充実感が全くなかった。よくやったよと言われても、現実は何も変わらない。そんな理想と現実の溝が仕事の成果をあげるたびに広がっていった。もっと大きなことをしてみたいと思い始めたのも、その頃だった。    そんなときに舞い込んできた話が、耳が聞こえない人々が住む世界の存在だった。これはやっと巡ってきたチャンスだと思い、義夫は独自で調査を始めた。  ネットを駆けまわり、そういうことに精通している教授に訊きまわり、そうしてやっと漕ぎづけた情報がアルプス山脈の最果ての峡谷に、その世界があるかもしれないということだった。    ただ、この情報は都市伝説に近いものだった。どこか曖昧で人によってはまるで違う内容を示した。  それでも、アルプス山脈で行方不明になった人が奇跡の生還を果たした記事の中に、視力に長けた民族に会ったという証言があった。これはどこかの五感が失われていて、その補完作用で異常な視力が成り立っているのではないかと義夫は考えた。つまり、耳が聞こえない人々が住む世界は十分にありえる。    義夫は胸が高鳴り、今すぐにでもアルプス山脈に向かいたかったが、現実的に難しかった。    アルプス山脈での調査は登山を意味する。義夫はそれほど体力に自信があるわけでもないし、運動もあまりやっていない。それに登山に関する知識もない。何もかもが一からのスタートだった。
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