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また、ここに来られた。あのときは一人だったけれど、今回は隣に彼女がいる。義夫(ヨシオ)は深い谷底から空を見上げた。
あらゆるものがちっぽけに感じてしまうほど、空は遥か遠くに存在している。どれだけ、手を伸ばしても届かない。世界から切り離されてしまったように感じる。
義夫は目を細めた。断崖に沿って太陽の光が差し込んでいる。まるで進むべき道を照らしてくれているように、ずっとその光はある人々が暮らすところまで続いていた。
「ずっと、歩いているけど疲れないかい?」
義夫は優しく問いかける。
「私は全然平気よ。義夫さんこそ、歳なんだから無理しないでくださいね」
彼女はそう言うと、屈託のない笑顔を浮かべる。
ジャーナリストという職業を続けて良かったと、これほど思う瞬間はない。ずっと孤独との戦いだった。誰か一人でも隣にいるだけで、こんなにも心が穏やかになる。本当に続けて良かった。そして、またここに戻って来られて良かった。
あとは――。
「気遣いありがとう。さあ、あともう少しだから頑張ろう」
「はい!」
彼女を背中に感じながら、ゆっくりと細い道を歩んでいく。とてもこの先に人が住んでいるとは誰も思わないだろう。最初、義夫自身もこの先に人がいるとは思わなかった。でも、この先にはちゃんと人が住んでいる。それは間違いない。
しばらく、無言で歩き続けた。昔なら、足元に全神経を使わなくとも歩けたのだが、今はそれもできない。少しずつできないことが増えてきて、怖くなった。いずれはこの足も動かなくなり、体も動かなくなる。
そして――やりたいこともできなくなる。義夫は何度もその言葉を反芻した。
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