君の名前を呼ばせて

12/14
前へ
/14ページ
次へ
   エレンは夕方、アダムスに呼び出された。 おかげでバーのアルバイトは休まなければならなかった。 だが、何故だかとても急いでいる様子で、 「話があるから来い」 の一点張りだ。  小さなミーティングスペースでしばらく待たされ、登場したアダムスは手に分厚い資料を持っていた。 「君に聞きたいことがあるんだ」 「はい」 「今まで、君がログノフから得た情報を、もう一度調べてみたんだが…」 「はい、」 「当然と言えば当然だが、どれも差し障りのないことか、もしくは確認が不可能なものばかりだ」 エレンは、言葉が出なかった。 その通りだ。 それは、わざとだ。 ミハイルからの仕事の話を拒んだのは、エレンの方だ。 アダムスは気付いたのだろうか。 「彼と仕事の話をした時、少しでもログノフの話し方に違和感を感じたことはないか?」 「え?」 突然の意味の分からない質問に、少し驚いた。 「あ、いえ、」 「では、ログノフが、君が諜報部の人間だと気付いているのではと思ったことは?」 エレンは、とにかく驚いて返事が出来なかった。 まさか…、そんな訳がない。 「いえ…」 アダムスはエレンの顔色を伺うようにじっと見つめた。 「…そうか、じゃあ、いい」 アダムスはそう言いながら、資料を睨み付けるように黙りこんだ。 エレンの表情が、答えを物語っていたからだ。  エレンはとにかく走った。 初めて、早く家に帰って早くミハイルの顔を見たいと思った。 ミハイルは…いや、フロル・ログノフはやはり気づいていたのだ。 ローザという女性は、いないということを。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加