君の名前を呼ばせて

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   家に帰ると、ミハイルは丁度家を出るところだった。 大きなスーツケースを持っている。 「ミハイル?何してるの?どこに行くの?」 ミハイルは、無表情にローザを見た。 「早かったな、まさか出くわすとは思わなかった…」 「ミハイル…」 「本国に帰れと命令が来た」 突然の知らせに、頭が真っ白になった。 ミハイルはローザに近付くと、その胸元にあったペンダントを引きちぎり、アパートの窓から捨てた。 「何をするの?」 驚いて身を引いた。 何をされるのかわからないという不安より、ミハイルの奇行が悲しかった。 やはりミハイルは自分が思っているような優しくて愛情深い男なんかではなかったのだ。 ソ連のスパイなのだ。 「あれは…盗聴器だ」 「え?」 あまりのミハイルの変貌ぶりに、息が止まりそうになった。 彼はほんの少し笑っているようにも見えた。 「君の上司は気付いたみたいだが…君は習わなかったのかな…俺は、逆情報局の人間だ」 エレンは、瞬きすることすら忘れて、ミハイルを見た。 「どういうこと?」 声が震えた。 「エレン・オーウェン、もう終わりだ」 「私を、騙してたの…」 フロル・ログノフは何も言わずにただエレンを無表情に見つめていた。 「私を騙したのね!私に嘘の情報を流してたのね!」 「そうだな、」 一気に涙が溢れた。 「ひどい!私、ずっと…あなたを騙してたこと、ずっとずっと悪いと思って…辛くて…、すごく辛くて…、なのに…」 エレンは床に膝を折って泣いた。 「そうよ、私、私もあなたを騙してた…ずっと…」 自分の言いたいことがまとまらない。 悲しさと、怒りと、反面、不思議なことに、解放された気分にもなった。 うなだれてしゃくりあげるエレンの顔を、フロルはいつもの優しい手で包み込んだ。 「ローザ、さよならだ。もう、君も苦しむことは無い。ただ…君はこの仕事は向いてない。他にもっと幸せになれる方法が、君にはあると思うよ」 そしてミハイルはローザを、今まで無いくらいに強く抱き締めて耳元で囁いた。 「ローザは僕を愛してくれたけど…僕は、本当はエレンに愛されたかった。そうしたら…僕は本当に…君とどこにだって行った…」 言葉が終わると同時に、ミハイルは立ち上がり行ってしまった。  そして、ミハイルは消えた。
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