君の名前を呼ばせて

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 ミハイルはローザにゆっくりと近づいて微笑んだ。 信じられない。 今のローザを見ていたはずだ。 男と寄り添い、歩いていた。 どうして微笑むことができるのだろう。 浮気していると、どうして思わないのだろう。 「近くの画材屋に行ったから…顔を見ようと思って…。終わったんなら、一緒に帰ろう」 ミハイルはそう言うと、それ以上の言葉をつなぐこともなく、来た道を歩き出した。 その背中は、拒絶しているようで、だが彼の愛情なのだと思えた。 「どうして何も言わないの?」 言葉を発すると、責めた口調になった。 「今の、見てなかったの?」 ミハイルは振り返って立ち止まると、無表情にローザを見つめた。 「私が浮気しようとしているって、どうして思わないの?」 ミハイルは困ったようにただ黙っていた。 「私のこと、愛してないんでしょう?だから何も言わないのよ。それなら別れたいって言えばいいじゃない!いつだって別れてあげる!」 ミハイルは小さく呟くように言った。 「ローザ、君は浮気してくいたの?」 ローザは答えを探したまま、黙ってミハイルを見つめた。 どんな時もミハイルは冷静で、静かで、口調は穏やかだ。 「違うだろう?君は浮気なんかしない。君はそんな女性じゃない」 ミハイルはローザを信じて愛しているのだ。 ローザがもっと最悪な嘘をつき続けていることも疑わずに。 その愛情がエレンを責めるのだ。こんなにも胸が傷むのなら、ミハイルに愛想を尽かされたほうがずっといい。 だが、何も言えなかった。 背負っているものが大きすぎて、それがエレンの言葉を邪魔する。 ただ、涙が頬を伝った。 ミハイルはきっと不思議に思うに違いない。 泣いている理由が自分でも分からないのだ。 その時、ミハイルの暖かな腕に包まれた。 「君は、時々、感情的になりすぎる。もう少し考えてから言葉を選んだほうがいい。僕たちが別れるなんて…有り得ない。そうだろう?」 その通りだ。 少し驚いてミハイルの顔を見上げた。 「一緒に帰ろう」 彼はそう言いながら、また通りを歩きだした。まるで、ローザが一緒にいなければならないと知っているかのようなふるまいに見えた、その一瞬、おかしな疑念がわいた。 ミハイルはローザがスパイだと知っている…。 まさか…。 まさかだ…。 ソ連のスパイが、分かっていてローザを放置しているなんて有り得ない。  
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