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フロル・ログノフはハイドパークのベンチで新聞を読んでいた。
天気がいい。
遠くから子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
子供の声というのは世界共通らしい。
言葉も違うし、民族も違う。環境だって違うのに、子供たちは全く同じように笑い、泣き叫ぶ。
初めてイギリスで子供の声を聞いた時、ロシア人かと思ったほどだ。
やがて1人の男が隣のベンチに座った。
「ドイツ人がイギリスで探し物をしている」
男はロシア語で小さくつぶやいて笑った。
ログノフは、ローザの後をつけていた男を思い出した。
「…見かけた…」
ログノフは男を見た。
男は笑って
「後少し、時間を稼ごう」
と、つぶやいた。
ローザはいつものように夜中に家に帰った。
だが、部屋の明かりは点いていた。
ログノフは、絵を描いていた。
「珍しく夜更かししてるのね、ミハイル」
ミハイルは帰宅したローザを優しく見つめた。
「つい、夢中になった」
カンバスを覗いた。
町並みが明るい色調で描かれている。
「ここに、君と僕を描いたんだ」
カフェのガラス窓の向こうに、とても小さく恋人たちが描かれていた。
「分からないわ」
「分からなくていいんだ。その方がいい…」
「そういうものなの?」
ローザは笑った。
「ローザ」
ミハイルは座ったまま、腕を伸ばしてローザの体を抱き締めた。
「あぁ、そうだ、君に絵の具が付いてしまう」
「そうね」
そう言いながら、ローザはミハイルの髪を撫でた。
「ローザ、僕は明日から出掛けなきゃいけない」
「そう」
「バーミンガムに行くんだ。数日帰らないかもしれない」
ローザは、ログノフのことは何も知りたくない気分だった。
無言で体を離すと、寝室に向かった。
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