小説家の気付き

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 一方、都内の一等地にそびえ立つ豪邸の一室で、頭を抱え項垂れている男がいる。彼の職業は小説家である。売れっ子ではあるが映像化不可能とされる小説独自の表現にこだわっており、本の印税が収入のほとんどを占めていた。しばらく呆然として何も手に付かなかったが気を取り直して立ち上がり、付き合いの長い編集者に電話をかけた。 電話の向こうでもそれを察していたらしく、重苦しい声音だった。挨拶もそこそこに小説家が不満を言葉にする。 「収入が激減してるじゃないか!何かの間違いじゃないのか?本をやめて、データを配信するようになったら価格が安くなる分、購入する読者が増えると聞いていたんだが。」 編集者はまごまごした口調で答えた。 「…確かにそうなるはずでした。新しいプリンターが普及して本の出版をやめてデータ配信のみでの販売方法に切り替えたところ、えーと先生の作品は一冊当たり5分の1の価格で今まで通りの利益が上がるはずでした。…当初は本当に物凄い勢いで購入されていたのですが…、簡単にそのデータが流出してしまいまして…その…。弊社と致しましても改善の策を模索している段階です。出版業の歴史の中でも今までにないほどの変化がありましたものですから…。」 それを聞いた小説家は職業柄からか先が読めた。あの時、忙しかったからといってあまり考えず安易に承諾してしまったことを悔いた。気持ちは既に愕然としながら、確認するが如く言葉にして話した。 「結局、音楽業界のように違法ダウンロードが横行して防ぐ手だてが無いということだな。むしろ出版業は本という物理的な媒体によって守られていたが個人が簡単にデータから本を作れることになってしまうと…、むしろデータとしては容量が小さすぎる。コピーアンドペーストであっという間に流出してしまうというわけか。…まいったな。」 以後も編集者からの弁明が続いたが小説家の耳には何も入らなかった。
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