商魂たくましく

2/2
前へ
/16ページ
次へ
父は不意を突かれたかのようにあっけに取られて兄に尋ねた。 「何か良いことでもあるのか。」 「本屋の後で新しい商売を始めようと思っている。そもそも、どうして印刷会社をクビになったと思う?」 「そりゃー、あのプリンターのせいで印刷会社も仕事が無くなったからだろう。」 兄は軽く頷いてから、軽く首を振って答えた。 「普通そう思うよね。確かに印刷する仕事は無くなった。でも会社は儲かってるよ。だって何も印刷していない紙がめちゃくちゃ売れてるんだから。まだ都内でも業界の体制が整ってなくて、現状では印刷会社が仕入れた紙やカバーや製本に必要な材料が、あのプリンターを持ってる個人や会社に馬鹿売れしているんだよ。それがないと本が作れないからね。例えるならパン屋さんのパンが売れなくなったのに原料の小麦粉がめちゃくちゃ売れて本来のパンよりも売り上げてる状態なんだ。いつまでも続くとは限らないけどね。」 父が夕飯の野菜炒めを食べながら、さも感心したといわんばかりに頷いて言った。 「なるほど。それだったらウチが今まで村に一つしかない本屋というのでなんとかやっていたのと同じ具合で、しばらくやっていけるかもしれんな。しかも本だと売れる本、売れない本があったりしたけど、白紙なら関係ないからいいな。」 父が楽観的な態度へと変わったのに対して、娘はまだ心配が残るような表情で言った。 「だけど紙だけでやっていけるのかな。」 そこへ追い打ちをかけるように兄は楽しそうに説き伏せた。 「紙は少なからず値上がりする。いちいち一冊分だけの紙と材料だけを買っても効率が悪いからみんな何冊分も買う。全国から消えた在庫が白紙になって、あのプリンターの中に入っていると思えばいい。需要は必ずある。それにあのプリンターが不具合を起こすとメーカーでも直せる人が少なくて、印刷や製本の知識がある人が呼ばれることがある。たまに出張サポートみたいなこともできるし、信頼されればあのプリンター自体を売ることができる。本当にいいチャンスだと思う。」 夕飯前とは打って変わって良い雰囲気になった。唯一気掛かりなのは入院している母の容態についてのみになり、明日三人で見舞いに行く約束をして夜が更けていった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加