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人里離れた森の奥深く…。
流れる滝と谷に隔たれた草原。
稀に迷い込んだ狩人の目にも触れぬその場所に、木々や鳥、花と語らう少女がいた。
朝の光を思わせる髪、夜明けを告げる空を思わせる灰がかった青の瞳、滑らかな肌、華奢だが美しい曲線をえがくしなやかな肢体…。
蕾がほころぶように笑みを浮かべる唇の艶やかな紅。
あるいは外見ほどに幼い年ではないかもしれない。
そう見えるのは彼女の纏う清明な気のゆえか…。
「またここにいましたか…。」
セオルが声をかける。
「セオル様。」
現れた神に驚くこともなく彼女は慣れた様子で微笑みを返した。
「ディアン、近頃のあなたはなにか沈んで見える。…外が、気になりますか?」
セオルの問いに、ディアンと呼ばれる彼女はあわてたように首を振った。
「いいえ、セオル様。私はここから出てはいけないんですもの。お母様が心配なさる…。私はとても弱いから、外では生きてはいかれない…。」
セオルは彼女のつぶやきに優しい口調で答え諭す。
「美しく清らかなものは傷つきやすい。けれどそれは弱さではない。何よりも強く価値あるものなのです。ただ、美しさを手離すことは容易く、守りとおすことは何よりも難しい。あなたの母はあなたが傷つくことを恐れているのだ…。」
「…難しいことはわかりません。でも、お母様が悲しむことはしたくない。大丈夫。ここから出ることは考えていませんから。」
ディアンはセオルに明るい笑顔を見せる。
それは遠い日に、草原の向こうに恋人の姿を見つけ駆け出す時のミュセルの笑顔…。
セオルは一瞬ミュセルがそこにいる錯覚にとらわれる。
夜明けを告げる灰がかった空の青。
その瞳だけがミュセルと違っている。
寂しげにも見えるその色に、
セオルは"時"が迫っていることを感じていた…。
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