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ピッピッピ…。
何かが規則的に音を刻んでいる。その音を探し出そうにも、そこは暗闇だった。
依子は手を伸ばしたが、弧を描くだけで何に触れることもない。
怖い。
依子はぎゅっと身体を縮めた。
ここはどこなのか、なぜこんなところにいるのか分からず戸惑っていると、突然息苦しくなった。
呼吸ができなくて、声も出ない。
助けて…!私はまだ…!
そう思った時、空間が揺れた。
足元もぐらぐらと横に揺れ、立っていられなくなった。
転ぶ!
そう思った瞬間に依子は目を覚ました。
目を開けると、そこには軍服を着た夫の姿があった。
依子の肩を掴み、目が合うと優しく微笑む夫。
依子は驚き、声が出なかった。
日本が負け、終戦を告げられてから3週間。まだかまだかと待ち続けていた夫である信二の顔を見て、信じられないという気持ちが身体を震わせ、喜びが一気に溢れ出した。
「ただいま。依子」
はにかんだ笑顔と穏やかな声を聞いて、あの人が帰って来たのだと実感した。
「眠っていて悪いと思ったけれど、何かうなされているようだったから」
依子は居間で座りながら寝てしまっていたようで、手には子供の繕い物が握られていた。
それを放り投げて信二に抱き着くと、信二も力を込めて依子を抱きしめた。
「良かった…!無事だったのですね!本当に良かった!」
依子は大粒の涙を流しながら信二に縋り付くように泣いた。
戦場はさぞ辛かっただろうに。
夫の温もりが嬉しくて、子供のように声をあげて泣いていた。
信二は依子の背中をぽんっぽんと叩いて落ち着かせようとした。
ひとしきり泣くと、依子は自分が汗をかいていることに気づいて離れた。
「私ったら、すごい汗…。今日はとても暑いですね」
「これだけ締め切っていたらね」
茶色いのちゃぶ台を挟んだ向かい側の障子扉を信二が開けに行くと、風がふわっと部屋に入り込んだ。
そこには縁側があり庭になっていた。
信二が手招きをして、二人で縁側に座った。
容赦無く照りつけるこの太陽が部屋を熱していて苦しかったのだと、先ほどの悪夢を思い出した。
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