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もう片方の手を添えて、信二は依子に言った。
「いつか必ずまた一緒になれる時がくる。だから焦らないでいいんだ。僕は君に少しでも長く生きて欲しい。僕の願いを聞いてくれないか」
そんなことを言われてしまっては、もう何も言えない。
信二の言葉からこっちは死の世界、柵を越えれば生の世界へ繋がってることを理解した。
だけどもう、依子は十分長く生きた。
だんだん蘇る記憶は、皺くちゃになった自分の姿を思い出させた。
「約束があるだろ?」
また同じことを言われて、依子はそうだったとついに思い出した。
「約束…守らないと。…あなたと一緒にいられるのはもう少し先になりそうですね」
涙ぐみながら微笑む依子を見て、信二は安堵した。
「愛しているよ。依子」
「愛しています。あなた」
二人の手がするりと解け、依子は柵の向こう側へ足を踏み入れた。
依子は僅かに残る信二の温もりを抱いて、真っ白な世界に包まれた。
目を開けると、そこには幼い息子の顔があった。
いや、正確に言うと幼い頃の息子に似た子供の顔だった。
「お父さん!おばあちゃん起きたよ!」
子供の声で正雄が顔を覗き込んだ。夫の面影が少しある大きくなった息子を見て、依子は微かに笑みを浮かべた。
「母さん…良かった。突然倒れたから心配したよ」
正雄の言葉に、ゆっくりと顔を横へ向けると、そこには規則正しく動く心電図がピッピッピ…と音を立てていた。
あぁ、これだったのか。
夢とは言えない、あの世界で聞いた音は自分が生きていることを示す音だったのだ。
「一時は危ない状態で…本当に良かった」
膝を折って依子の手を握る。
依子も握り返すと、自分の手が昔に比べて骨が浮かび、皺まみれでなんだか可笑しかった。
さっきまではあんなに若かったのに。
口元が緩むのを見て、正雄は眉を顰めた。
「母さん、笑い事じゃなかったんだから。本当に危なかったんだ」
「そうみたいね。お父さんが助けてくれたわ」
「父さんが?」
「えぇ、少しでも長く生きて欲しいって。そう言ってくれたの」
「そっか…」
正雄は夢で父と会えたのかと思っているだけだが、依子にとってはあれも現実だった。
「あの人の方が手は温かかったわねぇ」
本当に会ったのだと言っても信じては貰えないだろう。だけどまだ覚えている夫の温もりは依子の気持ちを穏やかにさせた。
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