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さみしいよ。
――さみしいですか?
さみしいに決まってる。
――俺もさみしいです。
口に出せない心の中の呟きに誰かが答えてくれたような気がした。
目を開けると、そこには大きなニワトリの頭があった。
真っ白い頭に真っ赤なトサカ。まん丸い黒い目に黄色いクチバシ。
愛らしくデフォルメされた着ぐるみの頭部分だけがスーツの上に乗っている。
「ふふ、かーわいー」
手を伸ばして下膨れ気味の頬に触ると、ふわふわして気持ちいい。
じっとこちらを見ていたニワトリ頭がピクッと後退るように揺れた。
その手元を見ると、箸袋には数字の羅列。
28282828……。
それを見ただけで、このニワトリ頭が誰かわかった。
「桜井くん、その頭、どうしちゃったの?」
「どうしちゃったと思いますか?」
ちょっとくぐもった声はやっぱり桜井くんの声で、私は酔った頭で必死に考えた。桜井くんがニワトリ頭になったワケを。
「あれ? みんなは?」
答えを出す前に、目の前の状況に気付いた。
営業二課の十二名が参加した送別会なのに、このお座敷には私たち二人しか残っていなかった。
食べ残した料理やコップはテーブルに乗っているけれど、他のメンバーのバッグもコートも見当たらない。
こ、これはもしや!
「皆さんは」
言いかけた桜井くんのクチバシを摘まんで黙らせた。
「わかった! あれだ! 私たち二人だけが酔い潰れて寝ている間に、みんなは時間軸の異なる世界に行っちゃって。過去にニワトリだった桜井くんは頭だけ」
「皆さんは帰りました。酔い潰れて寝ていたのは三橋さんだけで、俺はあなたを送るために残ったんです」
私の手をクチバシから剥がした桜井くんは、私の仮説を遮った。ちょっとバカにした口調が腹立たしい。
「あっそう。じゃあ、私たちも出ようか」
立ち上がろうとしてフラついた私を桜井くんが支えてくれた。
会計は幹事の文香が済ませているはず。
まったく親友のくせして私を置き去りにするなんて!
一応、レジのところで声をかけると、ありがとうございましたと頭を下げた店員が桜井くんのニワトリ頭を気の毒そうな顔で見ていた。
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