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ひんやりした外気が心地いい。 コートの前を開けたまま、店の前で桜井くんのニワトリ頭を見上げた。 「じゃあ、あれかな。魔女に呪いをかけられちゃって、ニワトリ頭でも好きになってくれた女性にキスされると元に戻れるの」 「……キスしてくれますか?」 妙にシリアスな声も可愛いニワトリの口から出ると、ちぐはぐで笑える。 「愛し合ってキスするんじゃなきゃ、呪いは解けないんでしょ?」 俯きかけた視線の先に、【焼き鳥・鶏王国】の看板。 黄色をバックに白く光っているのは、まさしく目の前の桜井くんの肩に乗っている頭と同じものだった。 「この子、この焼き鳥屋の着ぐるみ!?」 「はい。文香さんがふざけて俺に被せたら取れなくなったんです。後ろのファスナーが髪を巻き込んで」 「うわっ、痛そう。で、どうするの?」 「明日、床屋でファスナー上げながら切ってもらいます」 天パで緩いウェーブのかかった桜井くんの髪は少し長めだったから、ちょうどいいかもしれない。社長のお膝元の秘書課では。 「サッパリ短くした方が、心機一転頑張れるような気もしますし」 私の考えを読んだように、桜井くんが呟いた。 そうだね。 でも、やっぱりさみしいよ。 月曜日からはもう、桜井くんのあっち向いたりこっち向いたりした髪の毛を見られないなんて。 桜井くんは私の三年後輩で、入社二年目だ。 とにかく記憶力が良くて、取引先のデータは過去十年分はその頭の中にすべて入っていると言っても過言ではない。 特に数字に強くて、八年前の十二月のA社への売り上げはと聞かれたら、各商品ごとの数量、単価、金額まで淀みなく答えられるほどだ。 そこに目を付けられて、今回、秘書課への抜擢となった。 でも、私は少し心配している。 桜井くんは人間に対する興味が少し希薄なのだ。 愛してやまないのは、数字。 私は秘かにそう睨んでいる。 隣の席の私は、彼が暇さえあれば数字を書き連ねていることを知っているから。 特にお気に入りなのは、さっきも箸袋に書いていた『282828』。 他にも、『396128』とか『3284010』とか。 そんな数字を書きながら微笑んでいる男に、ちゃんと秘書が務まるのか甚だ疑問だ。
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