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「なんか息苦しいんで、ここで髪切っちゃってくれませんか?」 くぐもった声で桜井くんがそう頼んできたのは、アパートの二階の我が家のドアの前だった。 着ぐるみの中の構造がどうなっているのかはわからないけれど、声が籠っているんだから呼吸が普通通りに出来ないのだろう。 「わかった。ちょっと待ってて」 ハサミを持って玄関の外に出たものの、背の高い桜井くんに屈んでもらってもアパートの廊下では暗くてよく見えない。 「もう中に入って」 私がそう言ったのは当然の流れだった。 1Kの狭いアパートは物が多すぎて、散らかっているように見える。 実際はどこに何があるかちゃんと把握しているのだから、散らかっているわけではないんだけど。 そんな言い訳が溢れ出しそうな自分の口に、酔い覚ましのミネラルウォーターを流し込んだ。 そうだ。あんなクチバシじゃ、桜井くんは水も飲めない。早く何とかしてあげないと。 キョロキョロと物珍し気に左右に揺れていたニワトリ頭は、今は一点を見つめている。 カーテンの内側に干した私の下着を。 ああ、なんで昨日はあんな地味な色の下着を着けていたんだろう。しかも、上下バラバラの。 「はい、ここに座って頭を下げる」 ニワトリの後頭部を押さえつけるようにして、桜井くんをベッドの前に座らせて俯かせた。 首の後ろのファスナーを上げると、すぐにそれ以上は上がらなくなった。 「痛い、痛い! 三橋さん、やっぱいいです!」 桜井くんは手をバタバタさせて、私から逃げようとした。 「ちょっと、おとなしくして! こっちはハサミ持ってるんだからね」 脅すようにハサミをチョキチョキ動かすと、途端に静かになる。 「ゆっくり少しずつ優しくして下さい」 まったく。大の男にそんなことを言われる日が来るとは。 宇宙ステーションのロボットアーム並みの慎重さで、私は桜井くんの髪を切った。 少し切ってはファスナーを上げ、また引っかかっては少し切る。その繰り返し。 桜井くんの背中に覆いかぶさるようにして切り進めた私は、ニワトリ頭が外れた瞬間、ラグマットの上にへたりこんだ。 もう酔いなんか、すっかり醒めた感じだ。 深呼吸を繰り返す桜井くんの顔は茹でダコのように真っ赤だった。
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