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ふと、佐野の脳裏に一つの疑念がよぎった。
「病状が悪化して入院したのはわかる。詳しい病名は知らないが、精神的な病気ということで歩いたりはできるから外出してもいいというのも状況次第でわからないことはない。しかし、この人の病気は治るのだろうか。治ってもいいのだろうか。」
佐野は自分の考えが何か得体の知れないものに触れたような気がした。もし奇跡的にその病が完治した場合を想像してみる。その場合、生活保護が打ち切られてしまい、あの人は仕事をしなければいけなくなる。何かしらの訓練でも受けなければ、病が治っただけではむしろ更に辛い境遇が待っているだけではないだろうか。病を克服しかけた際にそれに気付いた時、どんな気持ちがするだろう。
近頃、何事にも自己責任といわれるようになった。ともすれば平均的な家庭でさえ生活するのが楽ではない時代になった。そんな中で本来であれば社会に復帰する人がいればその分いくらかでも国の生産性が増加するというのに、その機会さえ奪ってしまっているというようなことはないだろうか。弱い者を守るのは当然だが、弱いままにしていいのだろうか。保護するということは無理矢理はいけないが、適度に育てるという意味合いもなければいけない。
結局、損沼は入院した月に2ヶ月分支払ったがあと一回というところで病状が更に悪化して払いに行くことができなかった。病院関係者と市役所のほうで話が進み、退院後は遠くにいる親戚のもとで暮らすという。同時期、佐野は担当地域が変わり、引き継いだ後は、たまにその件で大変そうにしている担当者の姿を見るだけになった。
夕暮れのオレンジ色が漫画のようにわかりやすく空を染めている。夕陽が綺麗な紅の光を放っていた。海辺では波が黄金に煌めいて揺れている。最近会社の窓からそんな光景が見える。心が和まずにはいられなかった。
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