壱之巻・始

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全く、と同じように背筋を伸ばし、座り直す椎弥。 『…仕方なかろうに。此は将軍家が代々として受け継ぐ大事な儀……その内容は神聖なる物だ。だから屋根裏も地下も無いあの間で行うのだ。 主の故郷とて家族内で秘めなければ成らぬ掟事の壱之数や弐之数あろうに 紅蓮の言うとおり、…他人なのだ、我輩たちは』 ふぅ、とため息と共に彼を突き放す様に。自身を此の之國から引き離す様な言葉と冷ややかな視線を送った。 その言葉に釣り上がった目尻を引き結び自身の心内を顔で表す紅蓮。 鬼灯の様に頬を膨らめると再び唇を尖らせ文句を垂れる。 『そーだけどさあ。僕達は此の之國に運命を預けているわけで。 命を賭しているのだから仲間に入れてくれても言い訳だと思う訳で……椎弥だってそうでしょう? 別に今更何処ぞへなりとも行くわけでなし…あーあ、暇暇』 その言葉が深く刺さる…ああ、紅蓮はちゃんと、奉公にきていたのか…と。 違う。紅蓮の心が 言葉がが当たり前なのだ…と。 何故刺さるのだろう 我輩はずっと今日の日を待ち続けて。 母国で待つ、唯に壱人しか居らぬ家族の為に帰る日を心待ちにしておると言うに。 『ねぇゝ!椎弥は捌束脛之國の子だったよね? あそこは何か面白い事や特別な事は無いのかい? 花街があるとか…住んでいる女の子が可愛いとか!! 可愛い女の子が沢山居るなら是非行ってみたいなぁ』 獣のような目を輝かせ椎弥へ質問を飛ばす紅蓮。 『…紅蓮も知っておろう。 我輩は年端もいかぬうちから奉公に来ている…母国の事はあまり解らぬ そもそも人が少ないからな 我が母国は』 『解せぬ……物心ついてから来ているのだから女の子が可愛いとか位解れ』 小さな声で会話を重ねると、奥で襖の開く音が聞こえた。
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