壱之巻・始

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『あ、終わったみたいよ』 見れば蛙鳴家の血を持つ者が列を成して部屋から出る。 『あーあ、疲れた疲れた……僕、じーっとしてるの大っ嫌い!! ……まあ若に振り回されてるよりは良いかもしんないけどね~』 『……紅蓮は若子の様に我が儘だな』 次よ次よ留まる所を知らぬ紅蓮の呟きに全くと向ける椎弥の顔は誰が見ても呆れている。 紅蓮へ合わせる視線の向こう 見慣れた着物に袖を通す者へ目を奪われた。 『ぁ』 椎弥が送る視線……数名で作られた列の中心には今日をもって父より将軍の地位を継いだ井小夜が堂堂たる振る舞いで歩く。 その顔は昨日見せた少年の様ないたずらっぽい顔つき…でなく 将軍に見合う澄ました 淡き睡蓮の花を思わせる美しい顔をしていた。 『…………』 惚けた様に口を開け、井小夜を見詰める椎弥のまなこ。 今日 殺める者を 唯静かに。 …その視線に気づいてか気配を感じてか。 済ました顔の儘此方へと顔を向ける。 その美しき瞳に、戸惑う様を露わに顔を背けた椎弥。 片や気を赦す家臣を見つけた途端、何時もの様にぱあと輝く笑顔を見せた井小夜。 溢れんばかりの喜びを笑みに変えると 親指と人差し指…弐本の指で真似るは杯。 それだけで意味を解した紅蓮が呆れた顔を向けた。 『好きだねえ…何時もの所に集合だって。今日位皆で呑めば良いのに』 椎弥からは背を向けていたが、紅蓮は彼に向かい話しかけている…が、返事が響かない。 背を振り向けば椎弥は何か思案する様に床を見つめていた。 『椎弥?どうしたのさ床なんかみつめて』 おおい、と彼の前で手を振る紅蓮。 『つーちーやっ』 気を向かせる様に彼の前髪から跳ね上がった癖毛を掴むと 今迄の言葉が聞こえて居なかった様で 大層の驚きを見せた椎弥が紅蓮へ顔を向けた。 『聞こえた?いつものとーこ』 『う……………うむ、そうか……じゃあ、我輩も支度して向かおう…紅蓮は若様を連れて先に行ってくれ』 そう言い、椎弥は雲隠れが如くその場を後にした。 ***
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